Chikako Morimoto

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売上目標のためだけに仕事をしてはいけない自転車操業にならないワークスタイルを作れるか
※掲載のインタビュー記事は、ポーターズマガジンVol.15(2012年8月)から抜粋したのものです。
※会社名、所属部署名、役職はインタビュー当時のものです。
入社1年目で全社MVP、No.1営業ウーマンとして著書を執筆、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」への出演など、名実ともにトップコンサルタントとして活躍中の森本千賀子。多忙な日々にも関わらず、その表情は疲れを知らないかのような笑顔で、口をつくのはポジティブな言葉ばかりだ。彼女はどのようにしてキャリアを築いてきたのか? そして、未来へ向けてどのような想いを抱いているのだろうか?

入社1年目にして全社MVPに輝いた

 アメリカのヘッドハンティングビジネスについて書かれている「スカウト」という本がある。森本が図書館で偶然この本を手に取り、人材ビジネスに興味を持ったのは大学生の頃だった。
「当時の日本では人材紹介事業というビジネスはほとんど認知されておらず、アメリカにはこういうビジネスがあるんだと初めて知りました。いつかきっと日本でも広まるだろうと直感して、そこから人材ビジネスに興味を持つようになりましたね」
まさか後に、自らが『リクルートエージェントNo.1営業ウーマンが教える 社長が欲しい「人財」!/大和書房』という本の著者になり、後世にエールを送る立場になるとは、この本を手に取ったときは思いもよらなかっただろう。
 大学卒業後、リクルート人材センター(現リクルートエージェント)に入社し、リクルーティングアドバイザー(企業担当営業)となる。人材紹介ビジネスにおいて、当時一般的だった前金制から、ちょうど成功報酬型に転換する年だった。現場は混乱し、新人の世話をする余裕がない先輩たちから「一人で行って来い」と営業に送り出される始末。だが、そんな環境が結果的に森本を急成長させることとなる。
「分からないことがあっても、聞いて許されるのは新人の特権。何かあれば尋ねればいい、と思って、怖いもの知らずでアポ取りをしていました。根性が座っていたんでしょうね(笑)。社長さんなど、知らない方に会うのが楽しくて仕方ありませんでした」
 すると、いきなり大手企業から大型求人案件を受注して周囲を驚かせた。当時は営業ツールもデータも整っていなかったため、逆に工夫のしがいが幾らでもあったことも、経験値によるハンデを補った。例えば、メールのない時代でもあり、クライアントに出す手紙は基本的に手書き。リクルートの多くの営業マンが新規開拓で名刺を配る中、服装も普通の格好ではone of themになり記憶に残らないので、スーツの色は基本的に原色。クローゼットには赤、白、ピンク、黄色のスーツが常に入っていたという。入社式も黄色で臨んだのも彼女らしい。
「当時のことを話すと『どこのキャバクラの姉ちゃんが営業に来たのかと思ったよ』とクライアントさんに言われたことがありました(笑)。けれどもちろん、目立つだけではなく。いい意味でのギャップを大切にしていましたね。見かけは派手でも、話し出すと『意外とビジネスのことも理解してるんだ』と思っていただけるよう心がけました」
 森本は入社1年目にして営業成績1位を獲得し、全社MVPを受賞。まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。だが、仕事だけに打ち込んでいたわけではないという。どんなに優秀であっても、人として面白みがなければ、周囲を笑顔にすることができない。そのため、遊ぶことにも寝る間を惜しんで全力で取り組み、1日が40〜50時間あるかのように濃密な日々を送った。どんなに飲んだ後でも、フラフラになったまま会社に戻って残務をこなし、翌朝は一番に出社をして全員の机の上を拭いていたという。
「辛いと思ったことは一回もありません。早く朝が来て、仕事をしたいと毎日思っていましたね」
 森本は満面の笑顔でそう振り返った。

転機となった2つの出来事

 トップコンサルタントとして走り始めた森本は、自身の原点となる二つの出来事に出会うこととなる。一つ目が、流通業界のとある社長から教わった「自己ブランド」の大切さ。その社長は、最初にアポを取って訪問したとき、「何しに来た」と冷たい反応。森本の営業を目の当たりにしても、「全然ダメ」とばっさり。その後、3時間に渡って名刺の渡し方から社会の仕組み、営業の極意などを教わったという。
「それが私の原点ですね。特に覚えているのは『自分のブランドを早く作れば、情報やチャンスが巡ってくる』という言葉です。当時、流通業界は今以上に採用が難しく、担当したがるリクルーティングアドバイザーがあまりいませんでした。そこで、私は『流通業界と言えば森本』というブランドを作るために、流通業界に特化して企業開拓をしていきました」
 結果、その社長の言葉通り、流通業界で人材のニーズがあるときは、森本にチャンスが巡ってくるようになった。その次に森本が注力したのはベンチャー企業。中小企業を経営していた父親の影響で、中小企業の力になりたいとかねてから思っていた森本は、ベンチャー・ニュービジネスを展開する企業を人材面で支援。ここでもベンチャー=森本というブランドを築き上げた。
「これが私の中でのターニングポイントかもしれないですね」
 と森本は振り返る。
 二つ目は、人の価値観はさまざまだということ。森本が担当していたとある企業は、不祥事を起こしたために株価が下がり、従業員が大量に辞め、逆境の最中にあった。社長から「私の右腕になって、この状況から再生してくれるような人材がほしい」と言われていた森本だったが、正直、難しさを感じざるを得なかったという。
「今のこの会社に飛び込むような勇気ある人はいないよな…思っていたのですが、“火中の栗を拾いに行きたい”という人が現れたんです」
 その人材は優秀で志も高く、ビジネスパーソンとして優れた方。ほかの企業からもたくさんのオファーがある中で、誰もが敬遠するような難しい環境にある企業からのオファーを受けるという決断に、森本は思わず「どうしてですか?」と尋ねたという。返ってきた言葉は、森本の価値観を一変させた。
「山に例えると、7〜8合目まで登っている会社を頂上まで押し上げるのは、自分でなくてもできる。この会社のように、逆境にあり、まさにマイナスからゼロに戻すステージでは相当のエネルギーが必要。ただ、それは自分にしかできないこと。だからこそ価値がある。」
 転職希望者に堅調で良い会社を紹介したいと思う気持ちは当然。しかし、いわゆる一般的に言われている「良い会社」、その人が望む会社とは限らない。こうでないといけないと決めつけるのではなく、転職希望者の真の声に耳を傾け寄り添いながらニーズに応えることも、コンサルタントとして非常に重要。そんな気付きが、森本をさらに成長させた。
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森本千賀子

森本千賀子(もりもと・ちかこ)

1993年、株式会社リクルート人材センター(現リクルートエージェント)入社。幅広い企業に対する人材戦略コンサルティング、採用支援サポート全般を手がけ、約1万人の転職希望者と接点をもち、約2000人の転職に携わる。入社1年目にして営業成績1位、全社MVPを受賞以来、常にトップを走り続けるスーパー営業ウーマン。企業と求職者のニーズを見事にマッチさせる課題解決力、コーディネート力に定評があり、多くの経営者から「よき相談役」として、公私ともに頼りにされている。

[Corporate profile]

株式会社 リクルートエグゼクティブエージェント

2001年設立。さらなる成長の機会を求める若いエグゼクティブに、自らの能力を最大限に発揮できるフィールドを提供し、プロ経営者マーケットを日本に創造。固定観念にとらわれず、真にふさわしい活躍の場を、経営者たちに提供し続けている。