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 『愚者は経験に学び、 賢者は歴史に学ぶ 』by鉄血宰相ビスマルク

こんにちは。ポーターズ平田です。

タイトルですが、
ジョブウェブさんのサイト↓http://career.jobweb.jp/company/show/company_id/785/news_id/641/type/news?gclid=CLfr5femsZECFRMCTAodniosXw

を拝見していて、再度だよな、そうだよな、
と心底頷いてしまった言葉です。

たとえば、結果として、家康率いる東軍の勝利した関ヶ原の戦いhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Sekigahara.png

を見てみましょう。以下、すこし長いです。

時を経て、明治、軍事顧問として来日された、
ドイツのクレメンス・メッケル少佐は、関が原の戦いにおける
両軍の布陣を見、
即座に、西軍の勝利といったそうです。

これは、石田光成率いる西軍が地形的に優勢なポイントである盆地の上へ、
鶴翼の陣を敷き、東軍をその両翼で包み込んでいたところからの
判断でありました。

さて、現実をみると・・・
日和見の小早川秀秋隊は家康からの威嚇射撃に尻をたたかれるように、
慌てふためき東軍に寝返り、西軍の智将大谷吉嗣隊へ雪崩れ込み、
脇坂安治、小川祐忠、赤座直保、朽木元綱はそれに呼応。
其の他、毛利領安堵の約束を取り付け身動きしなかった吉川元春がいて、
西軍は総崩れし、石田光成は農民の風体になり敗走という次第なのですが、

いざ、これを考えるに、
開戦後、西軍諸将が東軍に寝返るまで、
自信家石田光成は、
太閤のご恩、大阪城の秀頼公の御為という後ろ盾もあり、
この合戦には己らは必ずや勝つはずと思っていたのでしょう。

それが、火蓋をきってみれば、
鶴翼の片翼の髄は腐敗していて、
いざ飛ばんと思ったら、嫌な音を立てて捥げるに至り、
翼が折れた鳥ほど弱いものは無く、敗北。

ここから導き出せるものは多いのですが、
畢竟、何がいいたいかというと、
歴史を知っておくと、解決策も増えるよ、ということです。
詳しく知りたいひとは、平田まで。


By平田 剛士


# by porters_admin | Permalink
2008年03月11日 11:05 | ポーターズ日記 | TRACKBACK (0)

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